今年も8月6日に広島で平和祈念式典が行われました。平和宣言で秋葉広島市長は「アメリカ政府は、世界の運命を決定する権利を与えられているわけではない」と非難しました。「宣言」で米政府を名指し非難したことは、かつてなかったことではないでしょうか。
被爆直後から米軍の占領中は、広島とて原爆投下を非難することはおろか、被爆の実相を知らせることすら許されなかった時代であったことを忘れてはなりません。この間の、毎年の原爆忌は「平和祭」と銘打って花電車が市内を走り、演芸大会が開かれ、市長の「平和宣言」も原爆投下が「戦いを終結に導く要因となった」とアメリカサイドの評価を与えるなど、今日のそれとはまったく違うものでした(「ヒロシマ−被爆の跡を歩く」)。その後、市民からの批判により、平和祈念式典も改められ、一時は撤去の動きもあった原爆ドームも保存され、ドームは世界遺産に登録されました(米政府はこの登録に反対)。
「9.11」からもうすぐ1周年。テロ攻撃による廃墟は一掃され、アメリカ市民たちはその跡地にどういうものを作るのでしょうか。「『憎しみと暴力、報復の連鎖』を断ち切る和解の道」(宣言)を模索するものであってほしい。もう一つ、「宣言」はブッシュ大統領に広島・長崎を訪れることを提案しました。米政府は黙殺していますが、ぜひ実現するといいと思います。(2002.9)
米大統領は「核」について発言して「平和賞」を受賞したが、「広島・長崎」の訪問はいまだ実現していない。(2012.7)
オバマ大統領は2016年5月に広島を訪問しましたが、「謝罪」はありませんでした。核保有国はこの間にも増えてしまいました。