高安山通信とは



ひまわり2013.7.20.jpg このページは、仲本が日頃会計や事業・税金・税制
・社会保険、平和について考えていることを発信するページです。過去に「大阪商工企業ニュース」に書いたものに手を入れたものもあります。感想などお寄せください。なお、高安山は生駒山の南、白くて丸い気象レーダーサイトがある山です。私の事務所はその麓にあります。  

 服部川駅に巣作りした燕.jpgゴーヤ2013.5.9.jpg ゴーヤーの花.jpg ゴーヤーの実.jpg彼岸花.jpg

 左の写真は服部川駅に巣作りを始めたツバメ。この駅は今春から無人駅になり、安心して巣作りできるようになったかな?'13.4.25  ゴーヤを植えました。緑のカーテンを作ります。'13.5.9  残念ながらツバメの巣は取り払われていました。5.10 ゴーヤーに花が咲きました。6.2 ゴーヤーに実がなりました。7.1 彼岸花が咲きました。服部川にて9.24

税理士会の「政治活動」をただす

 近畿税理士会八尾支部の総会が6月4日開催されました。この総会の質疑の冒頭に、私は以下のことを支部執行部に質問しました。

 これに対し、支部執行部は「選挙はがき」に税理士会八尾支部名を押印したのは「手違い」だったと弁明しましたが、当日の議案の差し替え・支部「回答書」の内容など、あらゆる事実は「手違い」ではないことを示しています。このような支部執行部の不誠実な対応については引き続き問題にしていきます。

 仲本です。総会の機会に先の統一地方選挙に関する八尾支部の対応について質問します。

 議案書の4ページにも事業報告として正副支部長会で2回にわたって「税理士政治連盟、選挙推薦依頼について」と議題に上がっているようです。今日になってこの事項について支部総会の議案から削除され、政治連盟の議案に書き込まれました。また、統一地方選挙前半戦の公示後、私の自宅・事務所に選挙はがきが郵送されてきました。この葉書には「応援します!」という欄に近畿税理士会八尾支部支部長」名のゴム印が押されています。

 そもそも特別な公益法人で税理士が加入を義務付けられている税理士会は政治活動を行えないということで「政治連盟」が作られたと理解しておりました。これは当然のことで、税理士に加入を義務付ける以上は個々人の思想信条の自由は保障されるべきです。政治資金規正法上の政治団体である税理士政治連盟が税理士会とは別に作られる意義はあると思います。しかし、その権利能力の範囲は限定されており、強制加入団体であるがゆえにその範囲はより厳しいものとなっています。このことは、政治献金に充てられることを目的とした特別会費の徴収の是非をめぐって争われた南九州税理士会事件の最高裁判決でも明らかになったことです。

 しかるに税理士会八尾支部が公職の選挙に関与する葉書が送られてきた。これは税理士会の規約から逸脱した行為であり、この葉書について関与があったということは明らかで便宜を図ったという言う意味で会員個人の思想信条の自由・政治活動の自由を侵す行為であったと思います。

 実は、この事件については私が4月9日に八尾支部宛に、この経緯・関与の内容・支部執行部の認識・今後の対処について問い合わせる内容証明を送りました。これに対して4月22日付で「回答」をいただきました。正副支部長会で検討されたということですが、この回答は、税理士会と政治連盟を混同し、同一視するという自らの誤った見解を根拠として、行為の正当性を述べています。

 支部執行部の認識は今もなお変わっていないのでしょうか。なお、近畿税理士会本会へはこの件について、指導を申し入れております。

八尾支部宛内容証明.jpg八尾支部回答.jpg

あらためてほしい「差押えありき」「通達ありき」

私は、関与先納税者の滞納税金の差押処分に対して行政不服審査法に基づく審査請求を大阪市に求めていましたが、請求が棄却されました。その理由は、滞納税額が完納されたため差押えが解除され、訴えの利益がないこととなったためです。しかし、不動産が差し押さえられた事実は登記事項証明書にも今後も記載されることになります。

このため、予定されていた行政不服審査会での口頭意見陳述が中止された際に、この不利益はなお残る旨を市当局に電話で訴えましたが、容れられませんでした。

この口頭意見陳述のために私が用意した内容(一部)をご紹介します。

事実関係について

(中略)

・・・市税当局と納税者との橋渡しができる税理士の関与が明らかになったにもかかわらず、「仲本税理士は、・・納税に関する権限の委任をされていないため、・・具体的なお話はできません」とはどういうことでしょうか。顧問先に送られた文書について具体的に問い合わせている税理士に税務代理権を疑うどんな理由があるというのでしょうか。昨年8月にこの審査請求書を提出する直前にS市税事務所から償却資産に係る固定資産税の納付について私に協力を依頼する電話がありました。これもAさんにかかわる督促でした。私にとってはこの審査請求を起こす直接の動機となったことがらでした。このように自己に都合のいいように税理士を使う市税当局の姿勢はあらためていただきたいと思います。

差押えの不当性について

K市税事務所・審理員意見書は国税徴収法第41条が「滞納者の財産を差し押さえなければならない」とあるから「要件を満たしている」、「文理解釈により解釈すべき」といいます。

それに対して私は「差押えることができる」旨の解釈が妥当と考えます。なぜならば実務においては滞納処分により強制的に納付させるより納税者にすすんで納税してもらうほうが望ましいことは論を待ちません。差押えという手段は間接的に納付を促す手段と考えられます。

また、「差押えなければならない」という規定は明治憲法下の国税滞納処分法が引き継がれていますが、現行の国税徴収法の制定にあたり、当時の租税徴収制度調査会の会長我妻栄氏は以下のように述べて、権力の乱用をいましめていることに注意を促したいと思います。

「国税徴収法精解」(大蔵財務協会)序文より

「租税債権については、優先的効力の範囲にも、その用いうる強制力の程度にも、徴税当局の認定と裁量に委されている幅が相当に広い。このことは、単に近代私法取引制度に対する例外であるだけでなく、近代法治国家の公権力の作用としても、異例に属する。にもかかわらず調査会がこれを承認したのは、納税義務者の態度の如何によってはかような制度を必要とする場合もあることを認めたからである。いいかえれば、これらの優先的効力の主張も、強制力の実施も、真に止むを得ない場合の最後の手段としてはこれを是認せざるを得ないと考えたからである。従ってまた、徴税当局がこれらの制度の運用に当たっては慎重の上にも慎重を期することが、当然の前提として諒解されているのである。(中略)徴税事務の第一線に働く人々が、万一にも、調査会の到達した結論だけを理解して、そこに到達するまでに戦わされた議論と費やされた配慮のもつ意義を知ることを怠るようなことがあっては、調査会の三年にわたる苦労は生命を失うことになる。よく切れる刀を持つ者が必要以上に切らないように自制することは、すこぶる困難である。不必要に切ってみたい誘惑さえ感ずるものである。本書がこれを戒めるためにも役に立つことを希望してやまない。」

私は、今回の差押えについて超過差押えあるいは無益な差押えではないかと訴え、K市税事務所に具体的に差し押さえた不動産についての評価額を明らかにするように求めました。しかし、2度の弁明には「およその処分予定価格」と述べるのみで、金額の表明はなく、審理員意見書で、はじめて「××00万円程度」という表明がありました。この経過は、差押えに当たって、まず無益な差押えになるのではないかという検討が市税事務所においてあったのか非常に疑わしいと考えます。

市税事務所・審理官意見書は、今回の差押えは国税徴収法基本通達によれば「超過差押えであっても不動産などの不可分物については違法ではない」旨を主張しています。私は、「基本通達」が担当官署を縛るものではあっても納税者を直接縛る規範ではないと考えます。この批判に対して、市税事務所・審理官意見書は裁判判例をもって基本通達の取り扱いが認められたものであるといいます。「地裁判決と同主旨のものであると認められる」から私の主張に理由がないという論難は、当局が「基本通達」をタテに主張しながら後付けに判例で補強したに過ぎないのに、論理が逆立ちしています。今回の申し立ての議論の推移をみても「まず基本通達ありき」という態度が見られます。

審理員意見書における評価でも抵当権を控除した処分価格(××00万円余)と滞納額××万円との乖離は甚だしく、不可分物であるとの理由で差し押さえの対象とすることは常識を逸脱していると考えます。今回の差押えにより、納税者はちょうど申し込んでいた融資を断られ、新たな事業展開を断念することを余儀なくされました。信用の回復には今後おおきな努力を強いられることになります。

最後に

今回の事態は、税務の専門家たるべき市税事務所が、税務の素人である納税者に対して説明を尽くすこともなく、マイホームを差し押さえるという暴挙であります。一市民である納税者と市税事務所との税務に対する認識・力の隔たりもさることながら、市税事務所の課税部門と収納部門との税務についての認識の隔たりも、私には感じられました。

昨年8月に審査請求書を提出した際に、対応した職員は法人と個人の区別、給与所得と事業所得の区別もわきまえていませんでした。市税職員の不勉強も差押えに至った原因であると考えます。もっと納税者の立場をおもんばかった対応があったはずです。

もとより適正な納税は国民・市民の義務であり権利です。当局の文書には「違法ではない」「不当ではない」という語句が繰り返されますが、我妻先生の言葉をもう一度胸に刻んで、くれぐれも「差押えありき」の税務行政とならないようお願いいたします。

税理士は申告納税制度の理念にそって納税者の信頼にこたえなければなりません。税務行政の補完物として取り扱わないように合わせてお願いいたします。

Aさんの府・市民税は完納されたはずです。速やかな差押え解除をお願いします。

少額訴訟を経験して

 事業を立ち上げいろいろな人との取引を始めるにあたって、相手の信用を十分に調べ上げることは難しいものです。最近は、ネットという便利なツールがあって、検索すれば見知らぬ人についていくらかを知ることもできるようになりました。わたしも、このHP上でできるだけ自己をさらして「よい出会い」を求めているわけです。しかし、事業というものは必ずリスクを伴うもの。お金の貸し借り、モノの出来不出来、裏切り、など紛争の種はつきません。また、悪意はなくとも結果的にお金が払えない、というトラブルはつきものです。

 駆け出し税理士たる私も、この2年間ほどでこうしたトラブルをかかえて裁判所に提訴をするという事態を3件経験しました。いずれも顧問見込み先紹介に関する契約の不履行、というもので、よくも3つも引っかかったなあとあきれる方もあるでしょう。実際このうち2件は初めから「だまし」を意図したものと言わざるを得ないものでした。弁解をさせていただくとすると、最初の事件で少額訴訟を経験し、わずかの回収と解決をともかく見たことで、あえてリスクをとるハードルを下げることができたのです。

 少額訴訟とは、争う金額が60万円以下で原則は一回限りの審理で判決されるというものです。簡易裁判所で審理されます。私の場合は、最初の事件を被告が不出廷で原告(私)の要求通りの判決、あとの2件は和解に応じて要求額をいくらか減額し、かつ分割で解決しました。

メリット1 逃げ回る相手を取り押さえて解決できる

 トラブルが起こったときまず困るのは相手と連絡が取れなくなる、ということではないでしょうか。電話やメールをしても解決を先延ばしにする、責任者(社長)が出てこない、挙句の果てに連絡が一切取れなくなる、ということ。

 相手が個人で転居して住所もわからないとなっても、訴状の控えがあれば市役所で住民票を取り寄せることができます。また、社員にばかり対応させて埒のあかない会社のトップを法廷に引っ張り出すことも可能です。

 結果として回収金額が少なくとも事件の解決は仕事の上でも一区切りをつけることができます。

メリット2 訴状の提出も簡単、短期間で裁判

 訴状を簡易裁判所に持ち込むと、裁判所の書記官に簡単な事情を聴かれたのち、相手方に訴状が送達され日程が決まります。裁判はだいたい一月後に設定されます。訴状の書き方は裁判所のHPにも掲載されていますし、訴状の提出窓口で普段は聞きなれない法律用語に直してくれます。ただし、あくまで公平な立場で、どちらかに肩入れをするようなアドバイスはありませんが、裁判所の対応はスピーディーな事件処理に苦心しているという印象を受けました。

 

デメリット1 全額の回収は事実上困難

 仮に全面勝訴の判決を勝ち取れても、差押えなどして回収するのは困難です。強制執行の申し立ては、別に行わなければなりませんし、相手の財産があるのかないのか、どこにあるのかは自分で調べなければなりません。和解が成立しても、和解の内容通りに相手が実行しないときは、強制執行の申し立てをしなければなりません。さらに相手に資力がなければ回収できません。

デメリット2 裁判は公開される

 少額訴訟でも裁判は公開されます。私も「予行演習」で何件か傍聴させてもらいました。相手と裁判中は面と向かうわけですが、開廷前の待ち時間に相手と隣り合わせにベンチに座るのは嫌でしたね。ただし、和解協議の経過については公開されません。

 

 「60万円以下」の訴訟というと、商品の販売代金などとすると金額があまりに少ないため、時間と手間、気持ちを裁判に費やせるか、「解決」という安心とのはかりにかけてみてください。

市税事務所・収納に抗議 審査請求書を提出

 国税から地方税への税源移譲で住民税のウエートが大きくなっています。その分自治体の徴税体制も立ち遅れているのではないでしょうか。知識も経験も人員もなく、住民税の収納にあたって納税者とのトラブルも多くなっています。

 そうしたときに私の関与先の差押処分に直面しました。いきなり大阪市税事務所がマイホームを差押えしたのです。委任状をもらい、審査請求書を書いて市税事務所の収納課に出かけました。

 

――いきなりマイホームの差押えは納得できない

(M係長)「文書で何度も督促をした」

――文書だけか。電話はしたのか。税金のことに詳しくない納税者に対して不親切ではないか。

「文書だけ送った。法律的に問題ない。」

――この文書には税務当局としてありえない間違いがある。事業所得者に対して本人への給与の支払額を尋ねるものだ。

「事業所得者でも給与を支払う場合がある」

――そういうことは絶対にない。大阪市税は事業所得者に自分の給与を費用に認めるのか。さらに給与所得控除も認めるのか。

「・・・」(10分ほどどこかに引き下がり、誰かと協議?)

「法人を作って、給与を支払う場合のことだ」

――個人と法人、事業所得と給与所得の区別もつかない市税事務所が、税務がよくわからない納税者に説明もせず、差押えとは許せない。

「文書で説明をした」

――不動産の評価はしたのか。税額に対して超過差し押さえではないか。いやがらせではないか。

「法律に基づいて(差押えを)した」

――その運用は役人が決めたものだ。納税者の事情をよく聞くべきだ。

 

というやりとりがあって、市税事務所に差押処分の取り消しを求める審査請求書を提出しました。

行政処分に対する不服申し立ては、税務に限らず、すぐに裁判所に訴えることはできません。まず、処分をした行政機関に審査請求をして再考を求めることになります。同じ官署の者がした処分を見直すということはあまり期待できませんが、現場の暴走を制することにはつながっていくと思います。

行政が一度行った処分や決定を覆すのは難しいものです。その前に適切な対処が必要です。

 

税理士政治連盟の国会議員観

日税政2016.8.1.png 参議院選挙は、自公維らの改憲勢力が議席の3分の2を超える結果となりました。アベノミクスってそんなに実感できましたかね。最近の世の空気というものが、弱者に厳しく、その弱者も自分は勝ち組に属していたいという願望に心が支配されているように思えます。

 さて、今回の選挙では大阪選挙区について税理士政治連盟関係で2陣営からお手紙と電話、比例区について行政書士会関係者から1党の2者のはがき・電話をいただきました。私も選挙で電話をかけることもありますから、電話がかかってきたら、できるだけ丁寧に対応しようと心がけています。だいたい、いわゆる営業の電話でも、忙しくなければ「人間的な対応」を日ごろから旨としております。ですから、どなた様も安心してかけてください。ただし、「いりません」と言ったら早くあきらめてくださいね。

 とくに選挙は大事な国民の政治参加のチャンスですから、それぞれの主張を述べ合うことに反対する理由はありません。ただ、「士」業の政治連盟とはいったい何だろうと思うのです。同業者同士の気安さ、士業制度をよくしたいという共通した思い、というのもわかります。しかし、選挙となれば国民全体の利益が一番ではないでしょうか。今度の選挙でいえば、私は安保法制とか、消費税とか、原発とかで訴えてもらわなければ心動かないのでした。

 昨日届いた機関紙「日本税政連」(2016.8.1)のコラムには「国会議員にとって最も重要なことは選挙に勝つこと・・。選挙において応援もしてくれない者の要望に対し耳を傾けてくれる『お人よし』はいない」とまで断じています。コラム氏の国会議員観がよく表れていますね。ただ、このコラムには何の署名もないので税政連の公式な表明と思われますが。

 「言論の府」のバックヤードはこういう損得勘定に満ち満ちているのでしょうか。国会議員は反対意見に耳を傾けないものなのでしょうか。日本税政連は過去にカネのことで一度ならず失敗していますが、同根の問題をいまも抱えていると思います。

現代の「人頭税」をおもう

人頭税石.jpg

沖縄・宮古島に行ってきました。

職業柄、宮古島に行くからにはぜひ「人頭税石」を訪れたいと思っていました。嫌がる妻と娘と一緒に「石」を間近に見ました。ただの白い石灰岩の長細い石で、この石の高さに身長が届いた人に税金を課したという伝説があります。この石の言い伝えには諸説あるようで、実際には年齢で課税されたと言われているようです。

琉球王国が薩摩に支配され、薩摩に税を納入するため過酷な徴税がされたようです。もっとも封建時代にあっては、税は金銭ではなく米や特産品などの現物納でした。ここでは反物を納めたようです。人の頭数で課税するのは究極の逆進制度。つまり税の負担を個人の収入・負担能力にかかわらずに求めるというのは、現在の税制の基本ではありません。

そのため、人頭税が課された時代には、子どもの「間引き」の悲劇がいまに伝えられています。現代の人頭税=消費税の廃止を願いつつ、しいたげられた沖縄の今日の現状に思いを寄せました。

戦争法に反対!

2015.8.30扇町公園.jpg大事な大事な憲法9条に反する戦争法案に反対です。8月30日に開かれた扇町公園の集会とデモンストレーションに参加しました。シスターたちと一緒に天満から中崎町まで歩きました。

税理士とはコミュニケーションがだいじです。当事務所は4年目に入りました。

 税理士事務所を開業して3年を経過しました。「税理士稼業の最初の3年間は辛抱」というのは、この業界ではよく聞かされたものですが、本当に辛抱でしたね。何とか4年目に入って見通しができてきました。この3年間に顧問先になっていただいた方々、何かと励ましていただいた関係者・友人の皆さまに、感謝いたします。

 まだまだ顧問先は少なく、その多くは個人事業者の方で創業後まだ間もないお客様が多いのですが、幸い大きなクレームもなくやってきました。他の先生からの顧問替えのお客様からは、「こんなことも相談にのってもらえるのか」という声も頂戴しました。手前味噌にはなりますが、逆に「こんなことも相談できなかったの?」と思うことも多くありました。税理士の中には、とくに確定申告時期には細かなことを聞いたり確かめたりすることがおろそかになっている方が多いのではないでしょうか。「今までそんなことを税理士から尋ねられたことはないよ」とか、ひどいのになると「勝手に電子申告された」なんてこともありました。

 税理士と顧問先のコミュニケーションが決定的に不足しているように思います。税理士こそ中小企業経営者にとって最も身近な相談相手であるはずです。自戒を込めていえば、税理士はもっと腰を低くして客目線で考えていく必要があるのではないでしょうか。税理士にとって「分かり切ったこと」はお客様にとってはそうではないのです。初心に帰り簿記を習い始めた昔に思いをいたすことが多くあります。税理士は、税金関係以外でも社会保険や融資などの制度について幅広い知識が必要だと思います。専門家の力が必要なときは問題解決の窓口にならなければなりません。

 税理士はお客様と積極的に連絡を取る、お客様から相談されやすい税理士でありたいものです。私の場合、お客様の過去の申告について見直した結果、税金の還付の申告(更正の請求)をすることが、多くなりました。

 税理士との出会いは本当に偶然に支配されていると思います。私の顧問先になっていただいている方々とのルートもさまざまですが、まずは出会いを大切にし、その入り口として報酬額があると思います。お互い誰ともわからないどうしです。「お試し価格」で最初の1年間はお付き合い願っています。実際の仕事量やお客様の事業の収益の上がり具合で、1年後の報酬額見直しをお願いしています。お客様の収益に見合わない報酬はいただけないというのが私の思いでもあります。

 このホームページもよき出会いの場となるよう、役に立つ情報発信に努めてまいります。ぜひ、問い合わせにも投稿ください。(2015.6.17)

少額訴訟を提起しました

東京簡易裁判所(民事).jpg 昨日、某法律事務所より「受任通知」が私宛に届けられました。

 「当職らは、先般、B社(以下「通知法人」といいます。)より委任を受けた代理人弁護士です。現在、当職らにおいて通知法人の現状につき調査確認しております。弊所にて事実関係を確認のうえ今後の対応につき検討し、再度、各債権者の方にご報告させて頂く予定です。・・(中略)・・通知法人に係る債務状況を確認するため債権調査票を同封させて頂きます。・・(以下略)」とあります。やっぱり、来るものが来たか、という思い・・。多分、B社は民事再生の申立てなど事実上の倒産処理の方向に向かっていると判断せざるをえません。

 実は10月、私はこのB社を相手取って少額訴訟を東京簡易裁判所に提起しました。契約金42万円の返還を要求していたのです。11月7日裁判の当日、勇んで出廷したものの被告B社側は誰も出廷せず。裁判官は私に「被告から何か連絡がありましたか」との問いに否定の答えを聞くや、B社から答弁書の提出もないことを述べて、「被告において請求原因事実を争うことを明らかにしないのでこれを自白したものとみなす」(判決文より)旨の宣言があり、私の主張通りの判決を下したのです。この間5分。初めからこのペースで処理されるのが予定であるように開廷表には10分刻みで事件名が記載されていましたね。

 さて、それからこの勝利判決をもとに債権回収のために差押えの手続きに。3週間弱を費やし、B社の取引銀行や賃借ビルのオーナーらの第三債務者に預金や敷金の返還ができるか否かの聞き取り(陳述催告の申立て)をしました。12月初めに届いた銀行の回答は「供託します」とのこと。おまけにすでに2件の差押えの申立てがされていることが知らされました。私は3番目というわけです。2週間早く申し立てれば1番になれたか? ビルの家主の方は「明け渡しまでの延滞賃料・違約金その他の損害賠償を控除した残額が確定しておらず・・」という理由で弁済の意思は「ない」に丸が囲ってありました。もっともB社はこの9月末にそのビルに引っ越しており3484千円の敷金(陳述書より)は今のところ無傷ではないかと思うのですが。希望がもてるか?

 相手が営業している以上、いくらかの債権は回収できるものと少額訴訟に打って出たものの、やはり見通しは甘かったと言わざるをえません。わずかに「訴訟」を体験できたことが成果とも言えますが、あとは数パーセントの配当を期待できるか。今後も追いかけていきたい。(2014.12.18)

→少額訴訟を経験して

晩秋の尾瀬に行きました

小至仏.jpg

秋の尾瀬ヶ原.jpg 尾瀬は、季節ごとに違った魅力を見せてくれます。なんど通ったか思い出せないほどやってきた尾瀬。今年は山小屋もまぢかにシーズンを終えようか、という秋に訪ねました。鳩待峠から小至仏山(写真・上)―尾瀬ヶ原(写真・右)―見晴(第2長蔵小屋泊)―尾瀬沼―大清水、と尾瀬を縦断。快晴にめぐまれ至仏から尾瀬ヶ原・燧ケ岳はもちろん、雲海に包まれた関東方面をながめることができました。

少額訴訟の法廷を傍聴しました

2014.10.2裁判所.jpg お金の貸し借りや売掛金の回収、貸家の敷金返還などのトラブルの早い解決のために少額訴訟が注目されています。少額訴訟は、争う金額が60万円以下で弁護士費用も負担せずに自分で解決したい、というときに原則1回限りの法廷で判決をもらえます。

 少額訴訟も裁判であることから、公開されています。つまり誰でも傍聴できるということで、大阪簡易裁判所に傍聴に行ってきました。

 裁判所に用があって訪れるのは25年ぶりです。事前に大阪簡裁に少額訴訟の事件の有無を問い合わせて、「いつでもどうぞ、毎日少額訴訟ありますよ、開廷表を見てください」と言うことでした。大阪天満の裁判所の敷地には地裁・高裁のある本館の隣の別館に簡裁があります。このことを知らずに本館をうろうろ。警備員さんに尋ねて、当日の簡裁の開廷表をやっとみつけました。少額訴訟の事件は3件のみで、貸金請求・委託料返還・少額訴訟法廷1.png敷金返還の事件が各1件づつ。

 ファイルにとじられた開廷表をじっくり見ている人がいて、10時の開廷に遅れたためか、当日キャンセルになったためか、「貸金請求」の事件は傍聴できませんでした。


 「委託料返還」事件は、原告はIT企業らしき会社の若い代表者が代理人弁護士と出廷。法廷といっても楕円のテーブルを挟んで、裁判長と書記官、原告関係者がふたり、傍聴席と法廷に仕切りもなく、傍聴は私一人。訴えられた被告側は出廷せず、裁判長が被告から「訴状のとおり」との答弁書が提出されている旨が話され、原告の主張通りの判決を言い渡しました。この間約5分。閉廷後、弁護士さんに少額訴訟について聞きたくて声をかけたら、原告の顧問税理士だと間違えられてしまいました。30万円余の事件に恐縮されていましたね。弁護士費用はいかほどなのでしょうか。

→少額訴訟を提起しました

→少額訴訟を経験して

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8月7日の広島

原爆ドーム.jpg平和公園.jpg平和資料館.jpg

被爆69周年の翌日、広島にいました。平和祈念式典は大変な雨でしたが、7日は青空が見えました。ひさしぶりに平和公園を回りました。初めて原爆死没者追悼平和祈念館を訪ねました。いろいろな被ばく証言が映像や資料、語り部の証言を聞くことができます。広島に帰るたびに行きたいところになりました。平和資料館も再訪。平和公園の慰霊碑なども大きく移動していて、少し迷いました。

ある「更正の請求」のてんまつ

 ××税務署から電話。「先生が提出された○○さんの『更正の請求』の件ですが」――

 やっと連絡が来たか。しかし待てよ、あんなに簡単明瞭な件に電話で問い合わせとは、どういうことだ。

 私は、ある高齢の女性の所得税の申告を2年お手伝いしていました。当初引き受けたときは、不動産所得と年金だけと思っていましたが、銀行口座を見ていくうちに1年目には気づかなかった配当所得があることに気づき、2年目にはこれを加えて申告書を作りました。配当所得は上場株式や一銘柄年10万円以下の収入なら申告不要とすることもできますが、この場合はそれには当てはまらないものでした。市役所でその年の所得証明をとってみるとしっかり配当所得の記載もありました。配当所得には配当控除もあり、本来の総合課税でちゃんと申告すれば税金の過払いであったことは明らかです。配当金から天引き(源泉徴収)されていた税金が返ってくるはずです。

 1年目の申告について所得税の減額請求=「更正の請求」書を提出しました。ちなみに申告が漏れていたという増額の申告は「修正申告」といいます。どちらの申告も5年さかのぼってすることができます。

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中須稲生神社の原爆絵馬

原爆絵馬.jpg140705_1332~01.jpg中須神社.jpg

 久しぶりに実家に帰ってきました。実家の周りは私が子どものときとは大変な様変わりよう。JR可部線とアストラムラインが交差する「大町駅」付近は住宅地となって、かつての田畑の風景はなくなってしまいました。

 しかし、アストラムラインの高架橋の陰になって何か窮屈になってしまったとは思えましたが、神社の空間だけは昔の思い出をとどめていました。ちょうど、社の隣で工事中で建設会社の車が境内にとまっていたりして、余計に小さく見えました。かつては祭りのときなどは境内で舞台がつくられ、神楽などが催されたものです。

 ここに紹介するのは、社に飾られた「原爆絵馬」です。アマテラスオオミカミなどの神話を題材にしたものの中に異質な絵馬があります。昭和39年に奉納されたものと額に記されています。

 絵の右手に原爆ドームが見え、下の方にはどくろや白い人骨、真ん中あたりは燃える建物が描かれています。50年の歳月のため、カンバスとなっている板地が反って波打ってきていました。私が小さいときにはもっとはっきりドームとかを判別できていましたが、いまは絵の全体が黒ずんでしまっています。原爆投下から19年後に何を思ってこれを奉納されたのでしょうか。(2014.7.7)

 場所は広島市安佐南区中須1−26−5 大町駅から東へ徒歩2分ほど。

大阪市大植物園を見学

 交野市私市にある大阪市立大学理学部附属植物園を訪れました。国内外の樹木・草木が収集されています。地味な植物たちばかりですが、それぞれ名札を付けられて主張していましたよ。技術員さんに気さくに声をかけていただきました。2時間ほどくまなく歩き回りました。

 植物園のHPは→こちら

市大植物園.jpg市大植物園1.jpg市大植物園2.jpg市大植物園3.jpg市大植物園4.jpg市大植物園5.jpg市大植物園6.jpg市大植物園8.jpg市大植物園9.jpg市大植物園10.jpg市大植物園11.jpg市大植物園12.jpg市大植物園13.jpg市大植物園3.jpg

竪穴式住居跡の発掘現場を見学


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 八尾市大竹7丁目で竪穴式住居跡の発掘現場に遭遇しました。大阪経済法科大学花岡校舎の近くで、たまたま歩いていたおば様に声をかけられ、見学とあいなりました。

 今から1800年前の卑弥呼の時代のころ、この地方の豪族の前線基地的な住居ということで、山手に堀の跡があるとのこと。写真の真ん中のかまどの跡と右手にたくさんの弥生式土器が見えました。(2014.6.3)

心合寺山古墳の桐の花が満開です

心合寺山古墳14.4.26.jpg心合寺山古墳の桐.jpg桐の花.jpg八尾市の大竹にある心合寺山(しおんじやま)古墳の桐の花が満開でした。芝桜のように見えるえんじ色は堀に浮かんだ水草です。(2014.4.26)

八尾市立しおんじやま古墳学習館のHPは→こちら

交際費の経理をどうする?どうなる?

  2014年度税制改正で法人税について交際費の取り扱いが改められました。その中身は、大企業に対する大幅な減税といってよいでしょう。個人事業者にとっては、従来通り事業にかかわる交際費は必要経費になりますし、中小企業(資本金1億円以下の会社)にとっても年800万円以下の交際費はそのまま費用になりますから、関係ないんではないかと考える向きもあろうかと思います。しかし、これまで交際費に課税されていた大企業にとっては接待(飲食に限定)を利用した営業活動の幅が広がってきたともいえるわけです。中小企業にとっては、これは脅威ではないでしょうか。

  そもそも「交際費に課税される」とか「交際費の損金算入が認められない」とか「大企業が飲食に使った交際費の半額まで非課税にする」とか、一般の方には意味が分からないのではないでしょうか。取引先を飲み食いに誘ってその代金を払ったら追加で税金を払わなければならないのか、お金を払ったのに会社の経理では払ったことにならないの? 費用に計上してはいけないのか、という疑問が出てくると思います。

  これは会社(法人)にとって、税金の計算の仕方の問題です。会社の経理・簿記の上では、接待交際のために使ったお金は「費用」に間違いありません。これ以外に経理処理の方法はありません。交際費については、会社経理と税法での取り扱いとを合わせる経理はできません。この処理は法人税の申告書で会社の決算書を基に計算します。

  では、今回の改正の影響を具体例で検討してみましょう。

(例 売上10000万円、売上原価7000万円、費用〈交際費のみとする〉1000万円、税率40%、とします)

大企業(資本金1億円超)の場合

改正前

 税引前利益 10000−7000−1000=2000

 税金の計算 2000(税引前利益)+1000(交際費)=3000(課税所得)

          3000×40%(税率)=1200(法人税)

 税引後利益(当期純利益) 2000(税引前利益)−1200(法人税)=800

新税制

 税引前利益 10000−7000−1000=2000

 税金の計算 2000(税引前利益)+500(交際費の半分)=2500(課税所得)

          2500×40%(税率)=1000(法人税)

 税引後利益(当期純利益) 2000(税引前利益)−1000(法人税)=1000

中小企業の場合

 税引前利益 10000−7000−1000=2000

 税金の計算 2000(税引前利益)+200(交際費のうち800超部分)=2200(課税所得)

          2200×40%(税率)=880(法人税)

 税引後利益(当期純利益) 2000(税引前利益)−880(法人税)=1120

 (新税制でも計算は同じ。ただし、大企業と同じ計算も選択できるが、この例では不利)

 

  税引後利益(当期純利益)がその会社に残るお金=留保金額になります。

  このように大企業にとっては飲食による接待営業に乗り出すメリットが大きいと考えられます。従来通りの交際費の支出では、税金の負担が減るだけ。一方、中小企業にとっては、「飲食ひとりあたま5000円以下は交際費にあたらない」取扱いをできるだけ心がけ、その他の接待を800万円以内でおさめることが賢明です。

(2013.12.19)

「給与所得控除後の金額」って何だ

源泉徴収票.jpg  サラリーマンなら年末調整の還付金が楽しみな時期です。年末のボーナスを受け取った後のささやかなお小遣いですね。今年の春の確定申告無料相談会に、家族総出で住宅ローン控除のための書類を持ち込んで相談に見えた方は、ちゃんと年末調整で還付されたでしょうか。結構な額になるはずです。もっとも奥さんはきっちり勉強なさっているように見受けられたので、しっかり「回収」しているでしょうね。

  年末調整後、個々人に渡される「源泉徴収票」をじっくりご覧になったことはあるでしょうか。私が初めて就職した年の暮れにこの小さな紙切れの数字の意味を図りかねた覚えがあります。扶養家族も保険の支払いもないスカスカのものですが、意味がまったく分からなかったのが「給与所得控除後の金額」でした。「支払金額」の右、「所得控除の額の合計額」の左の欄です。

「年収」と「所得」の違い

  所得税は「所得」に対して課税されます。商売をしている人には売上から仕入原価や経費(必要経費)を引いた後の金額(事業所得)ですが、サラリーマンの所得も受け取った給与の額(年収)から必要経費を引いた金額になります。ただし、サラリーマンの場合の「必要経費」は、実際の経費ではなく税務署が年収に応じた経費を決めています。これ「給与所得控除」といいます。最低65万円の給与所得控除がありますから、たとえば年収100万円のパートさんでも65万円をひいた35万円が「所得」になります。

  所得税の計算は、「所得」をその成り立ちから「不動産所得」「給与所得」「事業所得」「退職所得」……など10種類に分けています。それぞれの収入から異なる計算方法で「所得」が計算され、二つ以上の種類の所得がある人はそれぞれの所得を合計した金額(「合計所得」といいます)から社会保険料や扶養控除などを引いた金額(「課税所得」といいます)に税率をかけて税金を計算することになります。様々な収入のなりたちを「所得」という一つの物差しで測り、一定の金額を超えるごとにその超えた部分に高くなっていく税率を適用して計算します(「総合課税」といいます)。

  「給与所得控除後の金額」は、「給与所得」の金額です。一年間に一つの会社にしか勤めなかった場合は、これで間違いはないのですが、複数の会社に同時に勤めることもあるため、会社の証明としては「給与所得控除後の金額」と言っているのです。

  いろいろな統計資料が発表された際に、「年収」と「所得」とは違うことに気を付けてください。「年収」は源泉徴収票の「支払金額」のこと、「所得」は「給与所得控除後の金額」のことです。「所得1000万円」とは「年収12,315,790円」のこと。同じく、源泉徴収票の右下の「配偶者の合計所得」の欄は、先のパートさんの場合、35万円で100万円ではありません。

  現在、「年収」1500万円以上で245万円が給与所得控除の最高額となっており、税制改正により、さらに控除額が縮減する議論がされています。

源泉徴収票についてのよくある疑問

「給与所得控除後の金額」って何だ、に寄せられた疑問に答えます。確定申告の期限は過ぎましたが、過去5年間にさかのぼって税金の還付などの申告はできますので、参考にしてください。

@    給与所得控除額の計算方法

サラリーマンの「所得」金額は、

年   収  給与所得控除

であると言いましたが、「必要経費」にあたる給与所得控除額の計算は次のようになっています。

給与の収入金額 給与所得控除額
1,625,000円以下の場合 650,000円
1,625,000円を超え180万円以下 収入金額×40%
180万円を超え360万円以下 収入金額×30%+18万円
360万円を超え660万円以下 収入金額×20%+54万円
660万円を超え1000万円以下 収入金額×10%+120万円
1000万円を超え1500万円以下 収入金額× 5%+170万円
1500万円を超える場合 245万円

 給与の収入金額が65万円未満の場合は、給与所得控除後の金額=つまり給与所得がマイナスになることはなく、「0」ということになります。この場合、「給与収入」があっても「給与所得」はなかったということです。また、「給与所得控除後の金額」は給与収入が1625000円を超える場合、200円刻みで調整されていますので、200円未満の端数が出ることはありません。

A    二つ以上の会社から源泉徴収票の発行を受けている場合

二つ以上の会社から源泉徴収票の発行を受けている場合は、その二つの給与の収入額を合計して、給与所得を計算しなければなりません。「給与所得控除後の金額」を単純に合計してはだめです。二つ以上の源泉徴収票があるということは確定申告をする必要があります。確定申告で天引きされた所得税の精算をしなければなりません。この場合、年末調整をしている会社と年末調整をしていない会社の源泉徴収票である場合がほとんどです。税金が返ってくるケースが多いので必ず確定申告してください。(2014.3.18)

登録事務における恣意性の拡大に導く「税理士界」コラム氏の議論

「税理士界」2014.2.15「源流」.jpg 日税連の機関紙「税理士界」2月15日付(第1313号)は、コラム「源流」に「税理士登録事務と税理士法改正」という記事を載せている。税理士法の改正案の項目のなかに懲戒免職者等となった公務員に対する登録拒否事由が盛り込まれたことについて、「今後は、懲戒免職者だけでなく、税理士法に定める欠格事由に該当する者等についても、登録調査の結果によっては、税理士の職責に照らし税理士の適格性を欠く者として登録を拒否できることになる。」と指摘している。

 今回の改正案では、税理士法第4条で挙げられている欠格条項のうち、新たに退職金の減額の処分を受けた者でその処分から3年以内の者を加えたというもの。これまでは懲戒免職者が対象となっていたものが、退職金を減額する処分を受けた者に拡大しようというわけだ。さらに、法24条の(登録拒否事由)にこの処分を受けてから3年を経過したものについても「適正を欠くおそれがある者」として、登録を拒否できるとしている。なお、「おそれがある者」の対象は、これらの元公務員だけでなく脱税者その他の元刑事犯にも及ぶことが明文化されようとしている。

 「源流」氏の議論は、法24条(6)の「適正を欠くおそれがある者」(7)の「信用又は品位を害するおそれがあり、…適格性を欠く者」の範囲が拡大したかのように解釈しているが、果たしてそういうものなのか。法24条のうち、「(1)から(5)項までの事由は、客観性があり事実をもって証拠づけることができる。しかし、(6)及び(7)については、主観的な要素が大きく、もしこの条項をもって登録拒否とした場合は、認識の相違による争いが生じる可能性を否定できない」(日税連編「実践 税理士法」)との指摘がある。(6)において「心身に故障があるとき」に元刑事犯等の申請者を加えて「おそれがある者」とする、今回の改正は恣意的な登録拒否の可能性の拡大を促すものだ。

 「源流」氏は「欠格事由」といい、「欠格条項」と「登録拒否事由」を混同している。また、今回の改正は、元公務員だけを対象にしているのではない。これまでは、法24条(6)(7)の運用は避けられてきているように見える。事実上は「申請の取り下げ」をウソを交えて登録調査の段階で執拗に迫る、方法がとられてきた。これは私自身の登録調査の過程での事実と実感だ。「源流」氏は恣意性・主観性批判を考慮してか「指針等を作成し」と提案しているが、「指針」などという立法行為を許してはならない。

 登録申請者の権利を認めず、悪意のなかにさらす現在の登録調査の実際を変えなければ、公正な登録手続きとはならない。(2014.2.25)

→税理士登録調査委員会の人権感覚

消費税増税の中止を求める税理士のアピールに賛同

8月に全国28氏の税理士の呼びかけた「アピール」に賛同しました。現在のところ230人を超える賛同が集まっているということです。(2013.9.28)

税理士アピール.jpg

新大学ビジョン・パブコメの結果公表について

 大阪府・市は6月に行った「新大学ビジョン(案)についてのパブリックコメント」の結果を9月19日に公表しました。大阪府に17人・25件、大阪市に34人の意見が寄せられました。「意見」の大半は府市両大学の統合について反対・疑問・拙速ではないかというものでしたが、「統合を前提とする」府市当局には、全く届かなかったようです。同時に公表された「新大学ビジョン」は、4月に発表された(案)に、(案)の表記が無くなっただけのものでした。一字一句の変更もありません。

 一応、「意見」に対して「大阪府市の考え方」が対置されて公表されています。私の意見も三か所抜き書きして紹介されていました。 

 「府市の考え方」には私の疑問に答えるものはありませんでした。たとえば、「都構想」との関連には一切触れていません。「100億円を超える税金を支出していることの、・・説明責任を果たす必要があると考えて」いながら、統合による支出については何の説明もありません。「統合によって新大学にいくらの税金が投入されることになり、うち府市の負担はいくらになるのか?」という私の問いについては紹介も回答もありませんでした。「ダウンサイジングによる“リストラ案”とはなっていません」と新たな言い訳を持ち出し、「統合によるシナジー効果を発揮する」と重ね重ね言うのみでした。

 「考え方」では「持続的に改革を推進できる環境を築くことを目的とし、新大学では理事長と学長の権限を強化します」としていますが、ここでも「大学の自治」や「研究の自由」は全く視野の外のようです。というよりも、これにはかたくなに触れたくないようです。市長の「学長は市長が決める」発言や、第4回構想会議で設置団体の長が任命する理事長の権限強化の方向を見れば、大学への政治介入の受容を強いるものとなりかねません。特定の「成長戦略」に大学を奉仕させようとするものであると、重ねて指摘せざるをえません。(2013.9.22)→「新大学ビジョン(案)」のパブコメに応募しました

「人権尊重」を口にした登録調査委員会

 近畿税理士会の総会の席上、執行部との質疑応答が「速記録」として配布されています。近畿税理士会における登録調査の一端が読み取れるので、ご紹介しておきます。

 質問者は、脱税事件にかかわったOB税理士が税務署を懲戒免職された者であったことから、税理士法4条(欠格事項)の改正の展望、「資格の登録での入口の対応」を「要望」しました。これに対し、執行部側は、登録委員長が「厳しく調査している」旨を答弁し、制度部長が「登録の可否は日税連の資格審査会の審議・決定である」旨の答弁をしました。

 懲戒免職された元税務署員に税理士資格があるかどうかの適否はともかく、登録調査委員会が事実上の登録拒否ができうるかのような答弁は許されません。税理士法のどの部分に抵触する虞があるため「厳しくする」のか、明らかにするべきです。「申請者個人の人権を尊重しつつ・・」とうのも付け足しに過ぎないのではないでしょうか。(つづく)(2013.8.15)

高校の同窓会に出席しました

 母校・広島国泰寺高校の同窓会(鯉城関西同窓会)の催しに参加しました。

 「トーク&昼食会」と銘打ったこの催しには初めての参加です。というよりも同窓会自体に参加することなく過ごしてきました。やっと肩書きもついたことでもあるし、昼食会という気安さで参加することにしました。

 同窓会といっても、故郷からは離れているし、同じクラスに関西在住者もいないし、誰も知り合いがいない心細さはありました。しかし、なつかしい広島弁が会場に充満していることは耳に心地いい。また、クラスメイトがいないということは、昔の悪癖も知られていないという、ことでもあるのですね。もっぱら、昔の学校周辺のこと、お好み焼きのことなど、同年代のマダムとおしゃべりできました。卒業年度ごとに配席されていたため、共通の話題に苦心しなくてもよかったです。功成り名を遂げた大先輩の自慢話も聞き流すことができ、楽しいひと時でした。主宰された皆さんのよく練られた企画だったと思います。

 実は、私はこの会合で井上哲士氏に会えるのではないかと、という期待ももっていました。会の最後にあいさつされましたが、「平和を守るため、国会で頑張る」旨の控えめな発言。井上氏とは一面識もないのですが、参議院議員でなければ、本来同じテーブルを囲むべき年次でした。当時の国泰寺のことを話したかったなあ、というのが心残りです。(2013.8.4)

「母校・広島国泰寺高校/広島一中の先輩も犠牲になった原爆・・・核兵器廃絶と被爆者援護は私の原点です」との発言から始めた、井上哲士氏の国会質問→「被爆者認定見直しを」2012.3.21

ノバルティス社のディオバン錠を呑んでいたので・・

 最初の発作は、確か40手前の頃だったと記憶しているので、付き合いは20年近くになります。痛風です。ここ5年ほどは発作も出ないで安心していたところ、2年ほど前に人間ドックを受けて、高血圧を指摘されました。そのため、従来の痛風の薬に加えて、高血圧の薬を毎日呑むようになりました。この時から薬代を負担に思うようになりましたが、仕方なく毎月3000円弱を支払ってきました。

 この高血圧の薬こそノバルティス社のディオバン錠でした。先月からこの薬の臨床データについて報道されていましたので、いま呑んでいる薬がそれだとは気付きましたが、これまでと同様に「薬だけください」といってしまいました。その後、データの改ざん疑惑はほかの医大病院にも広がり、薬の値段も10倍も違うらしいと知るに及んで、今月は「薬を変えてください」とお医者さんにお願いしました。

 「先生、ディオバンを変えてほしいんです。安いのがあると聞きました。」

 「でもね〜。これと同じ薬でジェネリックはまだ出ていないんですよ」

 「報道では、10倍違うとか言ってます。」

 「こんなに報道されてたら、しかたないな〜」

 「製薬会社と大学がつるんでるんですかね〜」

 「大学も研究費がほしいんですよ」

ということで、薬を変えてもらい、緊張のお会計。900円安くなりました!

 明細を見比べてみると、ディオバン錠1錠の点数が11点・30錠で330点が、アスラーン錠に変えて1錠1点・30錠で30点と、11分の1に圧縮できました。金額にして3000円、患者3割負担で900円の節約になりました。

 患者の立場は弱いものですね。こんなに報道されて、自分がもらっている薬に気づいて、なお医者に変更をお願いして、やっと納得できました。厚労省は全国的に見直しを指示できないもんなのでしょうか。これまで不当に高い薬代を支払わされた当事者でもあることを患者と共に怒ってほしい。(2013.8.1)

 たまたま行った徳洲会病院では、ディオバン錠の取り扱いについて次の告知が9月3日付で公表されていました。

ディオバン錠、徳洲会の措置.jpg

2014.1.9 厚労省は誇大広告による薬事法違反容疑でノバルティス・ファーマ社を刑事告発した。

ロシア沿海地方を旅して感じたこと

 既報のように6月末にロシアの沿岸地方ウラジオストク・ウスリースクを旅してきました。ウラジオに1泊、ウスリーに2泊の短いものでしたが、非常に印象深い旅行になりました。そもそもこの地方は日本人にとっては一般に長くなじみの薄い地方でした。現在、航空機の直行定期便は成田からの週2便で、ロシア旅行自体ビザの取得に困難を伴うという事情があります。今回、娘が9カ月余りの当地での日本語教師の勤務を終えて、帰国するということがなければ、訪れる機会もなかったことでしょう。ウラジオは、昨年APECが開かれ、国際都市として大きく変貌しようとしていました。ホテルの建設が進められており、ビザなし渡航やエルミタージュ美術館の分館建設が検討されていると聞きます。日本からのツアーもこの夏からたくさん企画されているようです。

ロシアの.jpg 私以上の世代にとってロシアについてはついついソ連といってしまうものです。いわゆる社会主義の時代が終わって四半世紀になろうとしています。当地はすっかり市場経済になっていましたね。もっとも統制・計画経済の実際を知らないので比較しようもありません。市の中心部の広場でのフリーマーケットや、日本の縁日のようなテント仕立ての大きな市場を郊外のバスターミナル当たりで見ました。商品が湧き上がっている感じで種類も量も豊富。市街地の商店は石作りのヨーロッパ風のビルの中にあり、扉を押して覗いてみないと何を売っているのかわかりません。厳冬のロシアでは、春になって青空市場がいっせいに芽吹いたのかもしれません。

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ロシア沿海地方を訪問しました

6月末、ロシア沿海地方のウラジオストク近郊・ウスリースク市で日本語を教えていた娘の帰国にあわせて、同地を訪問しました。

ウラジオストクの街角から

アレウツカヤ通り.jpg革命ひろばから北を望む。一方通行の大きな通りですがかまわず駐車する車と交通量のため渋滞していました。ガイドブックにあったトラムはなくなっていました。夕刻、市街地の中心部はいたるところで渋滞、駅近くのホテルになかなかたどり着けませんでした。歩行者も信号は守らない人が多かったです。大きな道も堂々とわたり、車はクラクションを鳴らすことなく、基本的に止まってくれました。車同士の事故はウラジオの市街とウスリースクからの帰途に1回づつ目撃しました。

 

 

オケアンスキー通り.jpg北から革命広場・兵士の像・金角湾を望む。市内を走る車は9割方は日本の中古車でした。市内にはあちらこちらに巨大な像があり、そのほとんどが戦争や兵士のもの。ロシアの太平洋艦隊の本部があり、街には多くの水兵さんが闊歩する姿が見えました。古いヨーロッパ風の建物がたくさん。デパート「グム」で昼食をとりました。英語が通じないのでピロシキとコーヒーしか頼めませんでした。トイレも少ないよう。ロシア語で尋ねましたがよくわかりませんでした。



ウラジオストク駅.jpgシベリア鉄道の終着点、ウラジオストク駅。駅の入り口には金属探知機があり、駅舎に入る者はそレーニン像.jpgの都度チェックされます。出発案内にはモスクワ・ハバロフスク行のほか、ウランバートル行などもあり国際駅だと分かります。時刻はモスクワ時間ですべて表示されていました。隣に、空港行専用の新駅があります。駅と海を見下ろすようにレーニン像が建ってました。「いわゆる『市場問題』について」「帝国主義論」でロシアの資本主義の発展と世界の資本主義の腐朽性を論じた彼は、現代のロシアをどう論じるのだろう。



ウラジオストク駅ホーム.jpgホームに並んだ列車。300bはあるのではないでしょうか。先頭から最後尾まで確かめる気も失せるほどの長さ。大半は貨物車のよう。乗客は客車ごとに女性の車掌に乗車手続きをしているようでした。駅舎に入るのはチェックが厳しいのですが、ホームには一般の道路から自由に入ることができました。モミュメントのSLの上で小さな子供が遊んでいました。一人でどうやって登ったのだろう?SLの先に起点を示す標識があり「9288」と記されていました。



金角湾2.jpg金角湾.jpg鷲の巣展望台から、金角湾を望む。軍艦や貨物船が見えました。風が強く寒かった。湾にかかる橋は、去年のAPECの開催のためつくられました。プーチン大統領の号令によって突貫工事でつくられたので手抜きがあって、壊れるのではないか、とは街の噂。展望台には中心部のバスターミナルから小型の乗り合いバスで行きました。この下のケーブルカーで降りて、歩いて観光。潜水艦博物館などを見ました。疲れました。この時期、一斉に修理や工事が始まるようで、改装中で入れない博物館もありました。この先のルースキー島にも大きな橋が架けられ、同島で会議が行われました。



フリーマーケットで.jpg革命広場でフリーマーケットが開かれていました。日本の中古トラックがたくさん昔の名前で頑張っています。野菜や海産物、乳製品、ジャムや蜂蜜などの加工品、文具・本まで車とパラソルでこしらえた臨時のお店で生産者が直接売っていました。20年前に出版されたこの地方の紹介本「ヴェールを脱いだ国際都市ウラジオストク」には「コルホーズ員」の記述がありましたが、今では農民は自分の土地で耕作していると言います。この町は92年に外国人の入域が認められました。


ノスタルジア.jpgホテルの近くのレストラン・ノスタルジアの店内。写真付きの英語のメニューがあり、注文しやすい。適当に注文してどれもおいしかった。隣に座ったロシア人男性が気さくに声をかけてくれ、写真も撮ってくれたりしました。「この店は美味しい。しかし、ボルシチはいただけない」とは彼のアドバイス。その通りでした。隣に日本食レストランがありました。20年前は北朝鮮の店「モランボン」でした。


ロシアの沿海地方を訪問しました(2)

ウスリースクの街角から

ウスリースクはウラジオストクの北100キロほどの街。シベリア鉄道がモスクワ方面と中国東北方面とにわかれるところ。人口は16万人。農業が産業の中心ですが、陸軍の基地や大学があり、ウラジオストク同様、軍と学術の街といえそうです。

ウスリースク中央広場.jpg中央広場。青年のためのイベントが行われるためステージがつくられていました。2日間にわたって夜に歌やバスケットボールの催しがおこなわれました。右手の像は兵士の像。対独戦の勝利を記念するものです。アクセスは、鉄道の本数が少ないためほとんどバスです。私たちはウラジオから1回バスを乗り継いできました。ロシア語が分からず、しかもアナウンスがないためここに行くのは普通は至難ですね。住んでいた日本人は娘だけと聴きました。よく過ごしていけたものだと感心しました。

ウスリースクの教会.jpg

ウスリースクの教会。ロシア革命後、馬の厩舎として使われていたと言います。今はきれいに整備されています。建物のそばの売店で宗教画や宗教書が売られていました。市内を走るバスにもイコンが飾られていました。市内バスとかトイレとかの基本料金はどこも17ルーブルのようです。博物館や戦没者の慰霊碑も観ました。




ウスリースクのスーパー.jpg市内のスーパーマーケット。日本と同様な店内の様子。商品は豊富にありました。日本のレトルト食品や調味料もあります。おたふくソースが売られていたのには驚きました。警備員さんが3〜4人にらみを利かせています。写真を撮らないようきびしく(?)注意されました。レジは店員さんが座ってバーコードを通します。接客はレストランなどでもなかなか笑顔には出会えませんね。これは国民性なのだと思います。

ウスリースク宿舎.jpg娘が住んでいた宿舎です。ロシアの古い建物は、外見は汚くても中の様子はきれいなところが多いと言います。マイナス20度も普通の冬場はどこもセントラルヒーティングで暖かく、家賃も安い。このアパートはセキュリティーもしっかりしていたようです。スカイプで連絡を取っていました。画像が不鮮明なこともありましたが。多くの市民も街頭で携帯電話を使っていました。郵便は局に取りに行かなければならないらしい。小包は本人にたどり着きましたが、二通出した封書は1通は行方不明、1通ははるばる戻ってきました。


ウスリースクホテルの朝食.jpg私たちが泊まったウスリースクホテルの朝食。2泊しました。1泊目の朝食はバイキングだと勘違いして取りすぎてしまいました。ひとり150ルーブル以内というチケット制でした。3品見当でしたね。パンは安い。野菜や肉を煮たもの、ソーセージなどおいしかったです。ケーキは日本人には甘すぎでした。ちなみにウラジオのプリモリエホテルは、バイキングでパンや卵料理は渡されたカードにチェックしてメイドに頼む方法でした。


ボルシチ.jpg大学近くのレストラン「ウニヴェルスチェート」もおいしかったです。とくにボルシチ(写真)とおひょう(大きなカレイのような魚)のソテーが絶品でした。店内は小さなステージもあり、コンサートもできそう。ロシアのお店は派手な看板は少なく、古いビルのドアを開けてみないと気づかないことも多いです。この店はロシアの有名人も訪れるらしく、来店者の写真がたくさん掲げられていました。


ウスリースク劇場.jpg劇場です。陸軍の施設ということでした。ロビーには俳優や芝居の写真とともに軍隊の武器や軍人の写真も飾られていました。この日の前後は子どものためのお芝居が催されるようで、子どもが親に連れられてたくさん来ていました。この隣には軍のスポーツ施設もありました。庭に戦車や大砲が並べられているところも見ました。


ロシア新婚カップル.jpg


公園で出会ったカップルとその友人たち。公園内にふたりの愛を確かめる「鍵をかける」モニュメントがありました。神戸の展望台にもあるアレです。ウラジオの鷲の巣展望台にもありました。ロシアでは結婚のカタメの儀式のようです。この公園で2組見かけました。結婚シーズンらしい。この後かれらは派手な飾りを付けた車でパーティー会場に向かいます。この公園には13世紀ごろの亀の石像が置かれていました。これを作った民族の子孫はまだここにいるのだろうか。東洋系の顔を見るにつけ思いました。ロシア亀の石像.jpgの若い女性はどなたも美しい。

ウスリースク郊外の道路.jpgウスリースクと空港・ウラジオストクを結ぶ道路。舗装されていない部分は大変な悪路でした。ここではゆっくり走ったタクシーも舗装道路では100キロペースで走りました。沿道でスイカを売る店がたくさんありました。乗ったタクシーはフロントガラスにひびが入り、スピードメーターもオリジナルは壊れており、代わりのメーターを付けていました。日本の中古車です。これでもいわゆる白タクではありません。「ニチェボー」(気にしない)を連発した運転手は娘に「ウスリースクに残れ」と盛んに勧めていました。(2013.7.2)

2013年の5月からウスリースクに在住されている日本女性がご当地を案内してくれます!→ウスリースクお散歩案内人

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