このページは、仲本が日頃会計や事業・税金・税制・社会保険、平和について考えていることを発信するページです。過去に「大阪商工企業ニュース」に書いたものに手を入れたものもあります。感想などお寄せください。なお、高安山は生駒山の南、白くて丸い気象レーダーサイトがある山です。私の事務所はその麓にあります。  

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 左の写真は服部川駅に巣作りを始めたツバメ。この駅は今春から無人駅になり、安心して巣作りできるようになったかな?'13.4.25  ゴーヤを植えました。緑のカーテンを作ります。'13.5.9  残念ながらツバメの巣は取り払われていました。5.10 ゴーヤーに花が咲きました。6.2 ゴーヤーに実がなりました。7.1 彼岸花が咲きました。服部川にて9.24

 4月28・29日に大台ケ原に夫婦で出かけました。日出ヶ岳(1695m)の展望台を12時過ぎに発って、桃の木山の家を目指しました。ずっと下りの山行ですが、一昨年の台風のため通行止めの区間があり、これを迂回する林道コースを歩きました。4時半ごろ林道から小屋に向かう歩道の分岐に到着。そこから2キロの下り、もうすぐと思っていたのが誤算でした。ここまでの行程でつれの消耗が激しかったようです。日出ヶ岳下のシャクナゲ坂ですれ違った登山者の方に「小屋までのくだりに気を付けて」と声をかけていただいていたのですが、そのくだりでつれが足を滑らせて、一回転。幸い大事には至らなかったのですがショックは大きく、足が進まなくなりました。

 こともあろうに国会でとんでもない議論が展開されました。維新の会の西田某代議士が「低線量セシウムは人体に全く無害」「強制的な避難は憲法に違背」と珍論を展開し「避難の全面解除を」と政府に迫りました。さすがに政府側も同調しなかったものの、放射能・放射線に関するその害悪についての過小評価が目にあまります。事故直後には「放射線はレントゲン撮影程度」という俗論も流れました。2年を経て、原発廃炉の運動がかつての勢いほどではなくなったのを見たのか、原発再稼働の世論誘導が進行していると思えてなりません。

 もう一つ私が注目したのは放射線影響研究所理事長の発言です。先月(2月)あるシンポジウムで「被爆者に寄り添った研究はできないか」との問いに「研究は中立的・独立的でないと信頼されません。被爆者の立場に立った研究をしなさいっておっしゃるんだったら…できません」との答え。「黒い雨」は健康に影響しなかったというのが氏の結論でしたが、原爆を落とした側が関与している研究所が「中立・独立」を言い立てることのいかがわしさを、感じざるをえません。被爆者は彼にとってはモルモットにすぎないのでしょうか。

 かたや原発推進、かたや核戦略下の、発言として同根と私には思えました。(2013.3.25)

 (追加)3月27日、広島県被団協(金子理事長)と「黒い雨」原爆被害者の会は放影研に公開質問状を提出しました。「なぜ被爆者の立場に立った研究ができないのか」など4項目。放影研は1か月以内の回答を約束したといいます。この報道も地元メディアと「赤旗」だけというものいかがなものか。

 4月11日、放影研は県被団協らに回答しました。しかし、「正しい計画や目的に基づいた研究に対してでなければ公開できない」として「黒い雨」に関するデータの公開は拒否しました。

 報道(3月1日付)によると、退職した補助税理士に失業給付の道が開かれたようです。

 従来、税理士登録したままで失業給付は無理と考えられていたため、これは画期的なこと。ボス税理士から離れた以上「開業」税理士しかありえないという考え方も、この業界では支配的だとみていいのでしょう。しかし、あえて「労働者性」を問うて、取り組まれた当事者の意気を、私は買いたいのです。権利は与えられるものではない、主張しかちとるものです。

 私の体験からいって、いったん登録をやめて再登録するとなれば、痛くもない腹を探られ犯罪者扱いをされるのは目に見えています。

 現実は50歳を過ぎて再就職は厳しいし開業も楽じゃない。これも私の体験です。(2013.3.4)PDF

(追記) この経過については、税経新報2013年5月号「税理士への失業保険給付を求めて裁判を提起」に詳しく報じられています。PDF

 大阪地方裁判所での審理は5月29日結審し、判決が2014年9月25日に言い渡される予定です。国は処分を取り消さず判決を求めた、ようです。

 9月9日、国は地裁に上申書を提出。当該のハローワークが雇用保険の不支給処分について、これを取り消し、受給資格を決定したことを知らせた。

 原告税理士は地裁に弁論再開を求め、司法判断を要求している。「毎日新聞」2014.10.20記事は→こちら

NEW!! 2014年12月25日、大阪地裁は原告の請求を棄却する判決を下した。これは、すでに国が原告の雇用保険受給資格を決定したため、訴えの利益が無いことを理由としたもの。あわせて訴訟費用の負担を国側に重くした。

 税理士として初めて地区税務相談会に4回参加させてもらいました。多岐にわたる相談をお受けしました。

 限られた時間の中でていねいな説明を心掛けたつもりですが、中にはいら立った気持ちのなかで感情を高ぶらせる相談者もいらっしゃいました。その方は、新規開業の方で、初めての決算・申告で、赤字の内容でした。資金も底をつきそうで、出費した金を費用に計上して何が悪いのか、棚卸など分からない、と。一時は非常に険悪な雰囲気になりましたが、会場を出るときには笑顔で声をかけていただきましたので、ほっとしました。何がカンに障ったのか今でもよくわかりませんが、事業の成功を祈らずにはいられません。

 無料相談会ですから、小規模・零細な事業者の方、年金受給者や退職者の相談が多かったのですが、深刻な生活困窮を抱える方も少なくありません。うつ病を発症して失業した子供を抱えて生活する、高齢者の相談も数組ありました。たまたま私に割り振られた方で数組あったのですから、全体では大変な数があると想像できます。それも「うつ」・「失業」という判で押したようなケースです。もう「税務相談」の範囲を超えています。「自己責任」の一言で孤立を強いられている方々の声を拾えるチャンネルがもっと増えなければと、思いました。(2013.3.1)

 確定申告地区相談会(会場・松原商工会議所)に初めて参加しました。2月5日は相談会初日ということでしたが、朝9時前には相談者の皆さんも30人ほど待ち構えていらっしゃいました。9時30分から開始。年金受給者の方ばかりで、給与所得や雑所得がある方もわずかでした。夫婦ずれで仲良く相談という方も少なくなかったですね。

 午前と午後の開始時から1時間半ほどの時間帯が勝負でした。それを過ぎると新たにお見えになる方もぱったりなくなり、待合席もがらんとしてしまいました。

 新米税理士のわたしとしては極度の緊張でまいってしまいましたが、相談者の方々の「ありがとう」の一言で救われました。何とかお役にたてたかなと思っています。

 この無料相談会は税理士会の「税務支援」として行っているものですが、なにぶん初めてのことで、作業・相談の流れがよくのみこめない。だいたい、この相談の主催者は税務署ですか?「アルバイトさん」と呼ばれていたパソコンを操作する方々は誰?とか、私以外の方はご存じのようなことを真顔で尋ねるのもはばかられます。「独立」の税理士の立場から「支援」を行うのは誰に対してなのか、また考えさせられました。

 数年ぶりの松原駅かいわいも懐かしかったです。(2013.2.6)

 2012年4月24日、私の携帯に「申請書を登録審査会に進達する」とK氏から電話があった。実に最初の面接から3カ月後である。ただし、「登録審査会がどう判断するかはわからない」という。

 毎年、約1000人が試験合格し、OB・会計士などからの申請を含めて2300〜2400の登録審査を審査会が一人ひとり詳しくできるのだろうか。事実上、各税理士会の登録調査で登録の適否が判断されていると言っていいだろう。私の登録についてはK氏の本意ではないことがその言の端から感じられた。この連絡を受けて、私は税理士法上の権利を行使するべく準備を始めた。「弁明の機会」が与えられた場合に、ただちに対応すべく、弁護士との打ち合わせに備えて、自分なりに論点を整理することにした。この一連のブログの記述もその延長線上にある。 

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お正月は、子供たちも帰ってきて、久しぶりに我が家もにぎやかになりました。今日は、ロシアから一時帰国していた娘を関空に見送りました。しばらく夫婦二人の暮らしが続きます。(写真はロシア土産。ロシアのクリスマスは1月だそうです。)2013.1.10

 大阪府・大阪市会の議決を経て改めて設置された、大阪府市新大学構想会議が2度の会議で<提言>をまとめました。私はこの<提言>を了承した会議を傍聴することができました。

 条例上の審議会ではなかった旧構想会議が6月に発足し、9月までに6度の会議(このうち府・市大へのヒアリングが4回、商議所との意見交換が1回)が開かれていました。この間、会議の違法性の疑義が出て休止しており、私としてはその公開性に大きな疑問を持っております。この傍聴の実現も、ほとんど偶然の域でありました。実際、傍聴者は私含めて3名。報道関係者は30名ほどだったでしょうか。また、第1回会議の内容について、当局のHPへのアップはなく、報道があったかどうかも私は知りません。(注)

 まず、会議は事務局から<提言>「3、改革の基本方針」「4、新大学構想(案)」の説明がありましたが、会場で手渡された資料の重点の指摘以上のものはなし。「第1回」の会議で説明済みという0〜2の「統合の意義」「現況」「現状認識」の説明は省略。40分で終わり。矢田会長が20分、おもに教学体制等について府・市大の体制の相違からくる取りまとめの考え方を説明し、約25分間、委員間の意見交換をしました。2時間の予定を30分以上残して<提言>を了承し、会議を終わりました。

 登録申請者の権利を軽視する日税連「手引き」の態度が登録調査委員会を誤導する背景となっている。そのうえ、K氏・B氏は税理士法さえまともに読んだこともないようなのだ。その委員会が「税理士登録の番人」「法の番人」気取りの雰囲気に支配されているとすれば、これ以上の皮肉があるだろうか。このような委員会は権利の妨害者でしかない。

 そもそも、登録事務が国税庁から税理士会に委託されたのは、課税庁と税理士という立場の違いから税理士の独立性を担保するためだ(北野弘久「税理士制度の研究」参照)という。この趣旨から見るならば、登録拒否に関する申請者の国税庁長官にたいする審査請求の規定は、申請者の権利救済を目的としたものといえる。「監督官庁の支配」とは趣の異なるものだ。さらに、法に基づかない判断を国税庁長官が行えば、行政訴訟の道も残されている。

 つまり、申請の取り下げさえしなければ、自己の権利を主張してたたかい続けることができる。自分の権利を守れなくて納税者の権利を守ることができようか。

 2月13日の2回目の面接において、K氏・B氏にC氏が面接に加わった。そのC氏の口から「申請者の権利」という言葉を聞いた時には、本当に救われる思いをした。私はその場で「申請の取り下げはしない」と明確に告げ、その3か月半後に登録の通知を勝ち取ることができた。(2012.12.31)(つづく

→税理士登録調査委員会の人権感覚

 大阪市大・大学史資料室主催のシンポジウム「激動の時代と学問・思想―戦中戦後の大阪市立大学と恒藤恭」を聞きに行きました(12月1日)。

 私は、恒藤恭は戦後大阪市大の初代学長である、くらいの知識しかなく、今回のシンポで知ることも多くありました。芥川龍之介との交流や京大滝川事件のことなど、私には基礎的な知識に欠ける部分があり、大いに刺激されました。戦争とファシズムの時代に対峙する知識人のありようについて改めて考えさせられます。

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 在学中は自校の歴史を知る機会を得ることなく卒業しました。シンポジウムの報告者のひとり広川名誉教授の講義には個人的な思い出があります。当時受けた講義は、日本資本主義論争(戦前の資本主義の性格をめぐる講座派と労農派の論争)がテーマでした。いまも私の近現代史認識の基礎になっている講義です。1975年6月4日の早朝、大阪市大の教養部の構内で革マル派が中核派の襲撃を受け、同派の3人(市大生ではない)が殺されるという事件が起きました。その直後、先生は講義の前に「この事件についてアピールしたい方は時間をあげます」と仰りました。暴力一掃・大学の正常化を求めて思うところは多くありましたが、進んで人前で発言する勇気はありませんでした。先生には申し訳なかった。

 近税登録調査委員会のK氏らが私の申請書について「登録拒否の見通し」を述べて、申請書の取り下げを慫慂した期限として挙げた「3か月」という論点こそ、彼らの無知ぶりを示している。法24条の2は、申請者は、「申請書を提出した日から3月を経過しても当該申請に対してなんらの処分がされない場合には、当該登録を拒否されたものとして、国税庁長官に対して」「行政不服審査法の定めるところにより審査請求をすることができる」、とある。現に、この「3月」を間近に控えて審査請求しないように言ってきたのは「委員会」の方であった。事務局員を使って電話させてきた。

 「委員会」の調査は検事と裁判官が一緒になって申請者を犯罪者扱いするものだ。それも密室の中で行われるため、まさに「暗黒裁判」とでも言いうるものだった。しかし、3か月我慢をすれば、申請者の主導により事態を打開できる。問題点を公にできるのである。つまり、「3月」は申請者の権利のよりどころなのだ。それをさかさまに理解する彼らのリーガルマインドはどういうところから育まれたものなのだろうか。

 行政書士会の登録証授与式に出席してきました。出席者は18人。高齢の方(私を含む)から青年の方までいらして、意外に中高年と見受けられる方が多いと思いました。税理士の授与式と比べてこじんまりとしていて、新入会員の懇談時間も設定されていました。その中でそれぞれ専門分野や仕事への思いを語られ、よい刺激になりました。行政書士業務も頑張ろう!

 行政書士会でも税理士会同様、「表裏一体」とかで政治連盟の加入を促されました。総選挙前ということで、その意気込みも伝わりましたが、今回も私は「パス」。今でこそこの手の政治連盟には「入って当然」のニュアンスのもと、一応「入らなくても結構」の一言が付け加わっていますが、この背景を知るに及んで「お付き合い」で入るものではないと確信しております。

 消費税増税が押し切られ、平成26年4月から税率が8%となります。選挙まじかである現時点で、施行前にこの公約違反にどう国民が審判を下すのかが注目されるところです。

 先日、増税施行に反対する署名をお願いするため、地域の方々と高安山山麓を回りました。日曜日にもかかわらず、この地域の産業である生花の出荷の真最中。高齢の女性が生花を束ねたり、段ボールに詰めたり、ふもとの坂道を車で運ぶ姿があちこちで見られました。手を止めさせるのも気後れするところ、「消費税を納めていますか」「6割も納税が増えます」と声をかけました。「売上1千万円超えているから納めてます」「この歳ではもうやめてるかなあ(笑)」と言いながら署名はしてくれました。

 消費税は納める人は決めていても、負担する人は明記していない税金です。「消費税は消費者からの預かり金」である、「間接税」である、というのはフィクションです。納税者である事業者は、薄々気づいています。立場の弱いものが押し付けられるものだと。

 税理士が税法を知らない、と言えないように、税理士登録調査委員会が税理士法を知らない道理がない。

 1回目の面接で面接官K氏及び氏名不詳のB氏は「税理士登録を拒否されてしまえば3年間は再申請できない」旨を述べた。「2年間どこかの税理士事務所に勤めて、申請しなおせば」と提案してくれたのだ。税理士法第4条10項には「3年間」の記述があるが、これは申請者の履歴にウソがある場合である。私の履歴にウソはない。

 登録調査委員会は申請者にたいして殺生与奪の権利があると錯覚しているが(この論拠は後日述べる)、税理士法には申請者の権利もちゃんとうたわれている。税理士法第22条4号には「弁明の機会」が与えられているし、法24条の2には審査請求の権利が認められている。

 B氏は「申請の取り下げをしないのなら、3か月たてば日税連に進達するぞ。登録拒否はまちがいない」と、ついさっきの「進達できない」発言を撤回し、私を籠絡(ろうらく)しようとした。調査委員会全員の支持に勢いを得て、追い詰めたつもりだろうが、このような計略も面接や委員会という「密室」のなかでしか通用しない。冷静になって税理士法を読めば底の割れることなのだ。私はこの時まで申請者の権利を知らなかった。また、B氏は本気で知らなかったようである。(2012.10.30)

→税理士登録調査委員会の人権感覚   (つづく

 本日付で行政書士の登録を行いました。税理士は行政書士会に加入・登録することによって行政書士の業務をすることができます。税理士と行政書士の二つの「士業」を登録することにより、法人の設立や遺産分割協議書の作成について一貫して関与することができ、依頼者の手をわずらわすことなく、問題を解決することができると考えています。そのほか、建設業許可でもお役にたてるのではないかと思います。ともかく私の「商品」が増えました。

 税理士業界では、よく「無償独占」ということが言われます。税務申告・税務相談はたとえお金をいただかなくとも、その業務は税理士の独占である、他の者が行えば違法である、ということです。弁護士でなくても「無料法律相談」は誰でもできます。税理士の「無償独占」というのは特異な制度であるといえます。

 私の名刺には「生活相談」を業務に掲げています。納税に無縁と思える方々にも源泉所得税とか何らかの税金問題がありえます。現在の経済状況の中で広く「生活問題」を取り組むことが税理士の使命であると考えています。行政書士の登録もこの延長線上にあります。何も様々な困難を私がたちどころに解決して差し上げるということではなく、共に時代の反映である諸問題の解決に取り組みたいと思っています。2012.10.15

 税理士登録の申請について、私は2度面接に臨んだ。通常面接は1回で15分程度世間話をして終わり、ということも多いようだが、私の場合それぞれ1時間半、合わせて3時間に及んだ。

 問題は1回目である。誰でも登録調査委員会の先輩税理士なら、法律家であり税理士法・税理士登録についての精通者であると思うだろう。それが第1の間違いだった。私といえばその時まで税理士法を精査したこともなく、面接にあたって改めて読み直すこともしなかった。これが第2の間違い。

 まず「登録調査委員会」なるものは税理士法上の組織ではない。各地方の税理士会が申請を受け付け、その申請について調査するところではあるが、調査以外何らかの権限を持つところでは本来ない。近畿税理士会の会則に、登録に関し「登録事務の一部を行う」「必要な調査を行う」とある。また登録調査委員会規則には「会長に報告する」と定めている。建前は「事務・調査・報告」をする機関であり、報告を受けた近畿会会長は日税連に進達する権限しかないハズである。

 このHPで「大阪市立大学の統合問題を考える」というページを作っています。「市大・統合問題」は、市大にかかわる大学人・在校生・これらのOBにとって、否、広く学問研究に携わり、またはその果実を受け取るべき国民全体にとって、重大事であると考えたからです。

 「統合」を推進している関係者の声からは「アジアでも強い大学」「アジアの大学間競争に打ち勝つ」「学長のマネジメントを阻害しているのが教授会」「教授会による運営をなくす」(以上、橋下市長)、「大阪の成長戦略の大きな柱」(上山・府市統合本部特別顧問・新大学構想会議委員)「大学は成長戦略の一つの鍵」(余語・府市統合本部特別顧問)などと競争原理をあおる言葉に満ちています。競争に勝ち残るにはトップダウンの「マネジメント」というわけです。そのトップに立つのは橋下市長にほかなりません。「統合」推進の発火点は彼でした。

 しかし、大学の価値というものは、こういうモノサシで測られるのでしょうか。私が入学したころは「大学で何を学ぶか」とよく議論したものです。「大学の自治」「学問研究の自由」とかを考えました。市大の戦前の歴史はこの大切さを物語ってくれます。滝川事件大阪商大事件です。「自治・自由」を守るために命を落とした先輩もいたのです。その反省に立って大阪市大は出発したはずです。

 今日の「統合」問題はどうでしょうか。教授会自治さえ否定し、傍若無人に押し入って、研究内容にさえ口を出してはばからない勢いです。この流れにたいしてOBとして、出身校の「自治・自由」を応援する立場から発言し、そのスペースを提供したいと思いました。(2012.9.12)

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 大震災・福島原発事故を経験して「核」「放射能」というもののとらまえ方が変わったように思います。

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 被爆者を親に持つ身にとっては、放射能の遺伝的影響は全くないとは言えないけれども、それはごくごく微々たるものだ、自然放射能や核実験による影響もあってそれはとるに足らないものだと思うようにしてきました。

 放射能の影響は爆心からの距離で測られる、ということを私たちは長く思い込まされてきました。被爆者の認定もこの基準が優先されてきました。しかし、入市被ばく、二次被ばく、「黒い雨」など直接に被爆しなくとも多くの放射線障害が認められています。「福島事故」の件も最初は同心円で影響を考えたため、退避方向を誤り、大量の被ばく者を生み出してしまいました。放射線研究の最先端と思われているABCC(原爆傷害調査委員会、のちの放射線影響研究所)は、米国が軍事的視点で作ったモノ。多くの被爆者をモルモット扱いしてきました。それも原爆の直接的影響を重視したため、いわゆる低線量被爆や内部被ばくの研究は少ないといいます。事故直後の「広島・長崎」の「研究者」からの発信は放射能の影響を少なく評価する見方でした。また、この遺伝的影響については無いに等しい。今後、「被ばく者」の視点から、その責任追及や救援・救済を考えてもらいたい。

 写真 昨年8月22日〜24日、陸前高田(左)・大船渡市にて。東北のがれき処理についても思いは様々ですが、被曝者に寄り添う視点も大切です。(2012.8.20)

 社会保障と税の一体改革といいながら消費税だけアップが決まってしまいました。国民世論とは真逆の国会構成のなか、自公を除いた野党7党が内閣不信任案を提出し、民自公を窮地に追い詰めたことに溜飲を下げた方も多いのではないでしょうか。一時は廃案になるのではと思ったほどです。

 ちょっと落胆して、社長さんとは「得意先様と消費税分のアップをお願いしないと」などと話してしまいました。いやいや税率アップは再来年(H26)の4月のことですね。それまでに選挙がありますよね。どうも情勢ボケで、反対署名も手元にあるまま、地域のミニコミに2か月前に書いた反対の一文もいまだ発行されないまま、ボツにされたかな?

 「税理士業界」にいると、消費税を「職域」の面からながめる諸氏も多いことに気づきました。「消費税の複数税率には反対だ。税制はシンプルな方がいい」という角度で政治家にアプローチ(票とカネで)する「政治連盟」の入会をしつこく勧誘されています。「活動の恩恵は税理士全体におよぶ」のだそうです(税理士証票伝達式にて)。勝手に送られる機関紙にも民自公の議員と仲良く写った写真が満載。税理士の「独立・公正な立場」ってどういうコトなんでしょうか。(2012.8.18)

 早いもので、私の最後の受験から丸一周年になります。昨年同様、炎暑のなか今日から税理士試験が行われるようです。

 この一年間、私は人生最大級の喜びと悪夢を見る機会を得ました。「喜び」は言うまでもなく税理士試験の合格であり、「悪夢」とは合格後に控えていた「登録審査」でした。いまでこそ税理士を名乗れていますが、半年前は登録調査の過程において、登録申請書の「取り下げ」を、当の登録調査委員会の先生諸兄に迫られていたのですから。申請書の提出から登録までのほぼ5か月間、ようやく登録の通知が届くまでの時間の長かったこと!

 結果、「税理士登録できたのだからよかったな」では済まされない事実があります。近税登録調査委員会は税理士法に委託された行政事務にもかかわらず、面接において、①相当に根拠のある申請書を申請者みずから取り下げることを迫った事実、②申請者に対し税理士法にうたわれている申請者の権利に一切触れず、予断を持って「登録拒否」の見通しを述べたこと、③拒否されれば3年間再申請はできないなどと法律に根拠のないことを告げたこと、④後日事実上撤回されたこれらの非違行為になんらの謝罪もされなかったこと、です。最初の面接で二人の面接官(K氏及び氏名不詳のB氏)は「取り下げ」の慫慂(しょうよう=誘いかけ、勧めること)の根拠の一つに「登録調査委員会の全員が登録拒否の見通しを支持した」旨を述べました。この態度にはまったく絶望しました。登録調査委員会の税理士諸兄の人権感覚はこの程度のものです。道理と良識は彼らのなかからは生まれなかったのです。

 税理士受験生の皆さん、頑張ってください。そして試験を突破して、登録調査・審査で「いじめ」を受けて絶望しかかったら、私に連絡してください。私のケースをお話しします。必ずや力になれると思います。

(つづく)税理士法を知らない?登録調査委員会

(2012.7.31)

続・いじめの構図

「選挙はがき」問題 重ねて追及 近税八尾支部43総会


南九州税理士会事件判決の意義について会誌に投稿

 

 

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