憲法前文を声を出して読んでみました。久しぶりの再会という感じ。50年余り前の祖国の息吹に触れた思いがしました。この「前文」が戦争放棄をうたった「9条」にむけた導入です。観客に憲法の真骨頂をあらかじめ説いておいて、心の準備を促しているように聞こえます。小泉首相がイラクへの自衛隊派遣決定の際に「前文」から「われらは、いずれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって−」というくだりを引いて、この派遣を正当化しようとしたのには驚きました。この部分は国民主権・平和主義をうたった後の、文脈的には戦前における自国中心の国のあり方=対外膨張を反省した部分であるからです。
イラク人質事件では、5人の民間人ボランティア・ジャーナリストの解放まで、「自己責任論」で国論が二分しました。丸腰の民間人は出る幕じゃない、自衛隊だけが人道支援ができるんだという日本政府。民間の支援に自衛隊による困難を持ち込んだ側が、マスコミを動員して人質家族に異様なバッシングに及びました。政府が人質解放について何かしたのかは明らかではありません。人質たちがイラクで行っていた活動やイラクに行こうとした経過がイスラム聖職者などに伝わり、イラク人の良心を動かしたからこそ、解放に至ったのではないでしょうか。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の構成と審議に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のです。この憲法の理念と迷彩服でない日本人の姿を身をもって中東の人たちに伝えようとした若者の勇気は非難されるべきではありません。(2004.5)